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zoom RSS 金平茂紀さん講演録

<<   作成日時 : 2017/05/30 23:34   >>

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(5月23日の金平茂紀さんの講演を編集者の責任でまとめました。)
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きょう(5月23日)の16時22分に共謀罪が衆議院本会議を通過した。私は大変不愉快です。ところで、みなさんはどういう人ですか?(笑い)聞いている人によって、話す内容も変わってくる。「一般の人」というと、共謀罪の対象にならない。みなさんは共謀罪の対象になる人ですか?(笑い)共謀罪の対象になる人たちですと、話もだいぶ違ってくる。
私の沖縄との出会いは、1980年代からずっと続いている。取材をする立場なので、当事者ではない。パワーポイントで図式的に話そうと思ったのですが、USBの不具合で、やはり普段の行いが悪いようです。(笑い)ですからアドリブで話します。
本当にみなさんはどういう人ですか?例えば、高江とか辺野古に行って座り込みをしたりする。英語で言うと、アクティヴィスト。これは日本語では「活動家」と訳してしまうのですが、それだとニュアンスがだいぶ違う。アクティヴィストはむしろ「社会運動家」、社会運動をしている人たちで、欧米社会では尊敬されていて、社会に対して主張する人々というポジティブなイメージがあります。日本では「活動家」ということでみなさんは共謀共同正犯、私は首謀者ということになる。(笑い)
自己紹介をする時に、この写真を使います。テレビ報道ばかりを40年くらいやっていますので、現場に行くとぼくのような年齢の人間はもういない。ここにいる人は、僕よりも先輩が多いようですね。この写真にいる人たちは私が40年仕事をしてきて影響を受けた人物です。まず筑紫哲也さん。TBSの『ニュース23』で8年半以上一緒に仕事をした。いま筑紫さんが生きていたら、非常にきびしいことを言うと思います。「何てことをしているのか、君たちは!」と言うでしょう。その横にいるのは忌野清志郎。日本のロックンローラーで、言いたいことを自由に言っていた。筑紫さんが2008年に亡くなって半年後くらいに清志郎も亡くなっています。二人ともガンでした。真ん中にいる女の人は、わかりますか。米原万里さんです。1991年からモスクワに4年くらいいたときに、ロシア語を勉強するために紹介された人で、僕より二つ年上。ロシ語や、ロシア人のこと、ソ連のこと、いろいろ教えてもらいました。この人も2006年にガンで亡くなりました。左下がジョン・レノン。、中学高校の時にはまってしまった。先日はポール・マッカートニーの公演に行ってきました。みなさんもビートルズ世代でしょ。僕はポール派ではなくジョン派です。ジョン・レノンの生き方とか、歌の内容とか、すごく影響を受けて、今でも大好きです。1980年に自宅の前で射殺されました。その下にいるのが、井上ひさしさんです。やはり2010年に亡くなりました。ご承知のように大作家で、小説、舞台劇もよく見させていただき、影響を受けました。その横にいる人は誰ですか。久米宏?違います、高木仁三郎さんです。在野の科学者で核兵器、原発に反対する原子力資料情報室という民間の研究機関を立ち上げた市民科学者です。もともとは大学や原子力関連施設に勤めていたのですが辞めて、在野の市民科学者として市民に様々な情報を提供していきます。この人は1999年にガンで亡くなりました。この人も付き合いが長く、非常に影響を受けました。一番こちら側にいる人は、いま私が出ている報道特集が始まった1980年の初代のキャスター、堀宏さんと料治直矢さんです。僕らの売りは、「硬派」のジャーナリズムです。あの写真では笑っていますが、テレビではほとんど笑わない。すごい怖い顔をしている。放送中に、視聴者からの電話で「子どもが泣き止まない」と抗議されたこともある。(笑い)今のテレビにはそういうのがなくなりましたよね。テレビに出ていると、「金平さん、もっと笑ってくださいよ」とよく言われる。でも笑いたくない。で、一番右上にあるのは、何ですか。「ひょっこりひょうたん島」で、原作者は井上ひさしさんです。これはNHKがまともだった時代に、夕方5時45分から6時までやっていた。今考えると社会風刺とか、直接民主主義とかをテーマにしたすばらしい人形劇でした。こういう番組は、今は無くなりました。左下にあるのは何の写真だと思いますか。1947年に文部省が配布した「あたらしい憲法のはなし」です。いまはこの憲法を否定するような話を、国のトップがしている時代です。実は私はこういう人たちに影響を受けて、40年くらいテレビ報道の仕事をしてきました。
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沖縄を巡る状況は非常に厳しい。2018年が大変な年になる。

沖縄に長いこと関わってきていますが、この間は二泊三日で行ってきました。大浦湾がどうなっているかということで、海に潜ってきました。この海が壊されてしまう。ジュゴンも寄り付かなくなっているということで、記録しておきたいと思いました。15年くらい潜ったことがなかった。酸素ボンベをつけて見てきましたが、足がもう動かない。昔の記憶を呼び戻すために3時間くらい潜った。ヘトヘトになって、もう体力が無くなっている。(笑い)沖縄の海はまだ綺麗です。サンゴもちゃんと生きている。そういう所に行って東京に戻ってきたら、全くそういうことに無関心な日本の状況、東京の現状がある。これはテレビ局の同僚にも沖縄のことを伝えることが大変だ、と改めて思いました。
沖縄の状況は、いま非常に厳しいです。翁長県政になってから、いまが底に近い。一言で言うと手詰まり。打つ手がない。そのことはみなさん認識したほうが良いと思います。何か元気の出る、ポジティブなことばかり見て、ネガティブな現実を見ないようになると、負けます。現実的に言うと、八方塞がりで、どうしようもない状態になっているというのが、翁長県政が置かれている状況であり、オール沖縄の状況だと僕は見ています。なぜか。一つは、4月25日に護岸工事が着工された。これは翁長さんの訪米団が大した成果もなく帰ってきて、その直後のタイミングに護岸工事が着手された。これになす術がない現実がある。もう一つは日本の司法が行政の追認機関になっていて、裁判で国民の権利を守ったり、国民の主張を取り入れるという状況がない。辺野古訴訟は最高裁まで行って、敗訴が確定した。これを根拠にして政府は、もう裁判では決着がついた、何を言っているのか、と言っている。決着ついたものを遵守するのは当たり前だろう。最高裁のお墨付きを得たのだぞ。これが今の政府の態度です。これはひっくり返らない。なぜかと言うと、今の司法は、裁判官の人事も含めて官邸に握られている。三権分立も見せかけです。福岡高裁那覇支部の判事がどういうふうに任命されたかというと、政府にとって都合の良い人間を配置した。絶対に違憲訴訟とか差し止め訴訟とかで差し止めを認めるような人間を配置しない。そんなことをしそうな人間がいたら、替えてしまう。それがみんなわかっている。司法は、今の日本では残念ながら機能していない。そういう現実がある。もう一つは、このところの沖縄県内の首長選挙で「オール沖縄」の候補が三連敗している。今年に入ってから宮古島市、浦添市、うるま市で、翁長さんが支援した候補がみんな負けている。その現実を見る必要がある。特に宮古島市長選挙は、とても残念な結果でした。375票差で負けた。あの選挙は勝てた選挙だと思う。なぜかと言うと、あの時に社民党と沖縄社会大衆党が、県知事が支援した候補と別の候補を推した。保守陣営も分裂していたが、足せば勝てた。なんでこんな局面で大同団結ができないのか。その責任を追及しないままになっている。
沖縄をめぐる状況は八方塞がりです。翁長さんを取り巻く環境について言うと、安慶田副知事が3月にスキャンダルで失脚した。保守県政で起きるような口利き疑惑。安慶田さんという人は、典型的な豪放磊落、アバウトな人だと言われています。県政の中で、翁長さんに付き従ってのしてきた。その人が、菅官房長官も含めた官邸との窓口になっていた。そのことは「オール沖縄」陣営は反省しなければいけない。次の副知事人事に注目していたのですが、あいも変わらず自分の腹心、言うことを聞く人間を据えた。敢えて申し上げると「オール沖縄」の欠点の一つは、翁長さんがある種のカリスマ性を持ち、10万票差で勝った人で、副官を持たない。大将がいたら副官、権力者にきちんとした適切なアドバイスができる人がいない。耳の痛いことも言える人。トップが全て決めてしまうと独裁になってしまう。それをチェックできる人がいない。全部ひとりでやっている。もしも翁長さんに健康状態やら何かが起こった時にも代わる人がいないのは、とても弱点になる。「オール沖縄」は旧保守も含めた横断的な連合体です。色々な考え方があって、仲井眞さんに任せるくらいなら翁長さんがいいと言ってまとまってきた。自前で物事を動かしていく、長く続けていくには、意見の違いをまとめ上げていくような、そういう力が必要。副官、ナンバーツーの役割は重要になる。「オール沖縄」にはそういう人がいない。大田県政の時には吉元副知事がいた。
いまの官邸は、翁長知事を一期で終わらせようとしている。2018年は大変な年です。名護市長選が1月にあり、11月に知事選がある。稲嶺さんは実績もあるが、官邸は有力候補をぶつけて、お金も湯水のごとく注ぎ込もうとしている。知事は一期で終わらせるどころか、スキャンダルでもあったらもっと前に潰そうとする。それくらいのことを安倍官邸は考えている。もし仲井眞氏みたいな知事になってしまった場合に、これまで沖縄で積み重ねてきたものは一気に潰される。翁長さんは胃も切っているのでお酒も飲めない、ストレス解消法もそんなにはない。一度翁長さんに聞いたことがある。那覇市長時代に、屋上緑化を提案したところ賛同者がいた。自分の家にも屋上に菜園を作った。ストレス解消は、その屋上菜園で静かに時間をかけて雑草を取ることだと答えていました。雑草を取りながら、何も考えない。禅をしているように無心になる。それを聞いて、僕は「はあっ、これは大変だなあ」と思いました。すごく正直に話してくれたと思います。前の仲井眞さんは体力があって、スポーツジムに通っているような人でした。最近かなり年下の女性と再婚したようです。翁長さんの対立候補で出てくるのは、おそらく衆議院議員の西銘恒三郎です。1978年から三期沖縄県知事を務めた西銘順治の息子です。これは手ごわい。翁長さんが楽勝するとは思わない。滅茶苦茶な金権選挙をするだろうし、大田さんが三期目に出ようとした時にやられたようなネガティブキャンペーンもするだろう。そのくらい大変な状況が沖縄にある。こういう現実を直視しないとダメではないか。
沖縄には本土にはない直接民主主義があるとか、民の声が届いているとか、そういう幻想を持たない方がいいと僕は思う。ものすごい厳しい状況が目の前まで来ていて、それをきちっと見ないまま、自分たちの側には正義があるから勝つみたいな思い込みはしないほうがいい。絶望的な状況にあることを見据えないと、しっかりとした闘い方ができないのではないか。
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根源にある沖縄に対する本土の差別。1995年の少女暴行事件の衝撃

きょうのテーマの本土メディアと地元メディアです。沖縄に最初に関わったのは1987年の海邦国体でした。沖縄で初めて国体をする時に、まだ昭和天皇が生きていた。天皇裕仁が沖縄に行くというので、これは大きなニュースだということで沖縄に一ヶ月以上滞在して取材を続けていました。那覇の琉球放送RBCと一緒に取材をしていた。そうしたところ裕仁天皇が下血を起こしてお亡くなりになりました。だから天皇として沖縄の地を踏むことはなかったのです。皇太子時代に沖縄には行ったことはある。なぜ昭和天皇が沖縄の地を踏むことに意味があるか。戦争が終わったあと、マッカーサーに対して、沖縄を基地としてほぼ永久に使用してくださいという覚書を書いていた。この「天皇メッセージ」が、沖縄が米軍占領下に置かれ、基地ができていく原点にある。そういう人間が、どんな顔をして沖縄の地を踏むのか。私の個人的な興味はそこにあった。それで取材をしていたが、とうとう沖縄に足を踏み入れることなく亡くなってしまった。それからずっと、本土と沖縄の間で取材をしてきた。
根源的にあるのは、沖縄に対する本土の差別。4月28日というのは沖縄の人にとっては「屈辱の日」と言われる。馬鹿なことに安倍政権は「主権回復の日」としてそれをお祝いした。仲井眞知事時代の高良倉吉副知事でさえ、その式典に呼ばれて、出席者が万歳三唱をするのを見て不愉快になり退席した。そのくらい本土と沖縄の間には、落差がある。本土と沖縄の間にある根源的な溝みたいなものを、報道として関わる者として取材したいと、今まで思ってきた。
一番自分の中に記憶にあるのは、1995年の少女暴行事件。その時に筑紫哲也さんと23時から『ニュース23』の番組をやっていた。筑紫さんは温厚な人で、心の中には厳しいものを持っていても、人の前ではニコニコしている。ところがその筑紫さんが血相を変えて怒ったことがある。それは少女暴行事件が起きた時です。当時、久米宏という人が22時から『ニュースステーション』という番組をやっていた。打ち合わせをしている時に、モニターでその放送を見ていた。その時に『ニュースステーション』が、沖縄で少女暴行事件があったことをトップニュースで十何分か流した。本土紙がどこも報道していない時です。沖縄タイムスも琉球新報も最初は小さい扱いだった。一番最初に大々的に報道したのは、その『ニュースステーション』だった。十数分、延々とやった。打ち合わせをしている筑紫さんの顔がだんだん変わってきた。あんなに怒ったのは見たことがない。「君たちは何をやっているのだ!」とものすごい勢いで怒った。というのは僕らの関連の地元放送局RBCも他局のNHKも含めて何にも取材していなかった。何の情報もなかった。滅茶苦茶に怒った。あんなにひどい事件が沖縄で起こったのに、それを取材していない。それで怒った。その翌日から僕らは沖縄現地に入って、何があったのかということで徹底取材した。当初は、事件があまりにも酷かったので、吉元副知事が全部面倒を見ていたようです。小学校6年生が3人の海兵隊員にレイプされたので、まず少女を保護しないといけない。それから入院・治療させて、動揺していたご家族も含めて精神的なケアが必要だった。県警も記者発表しないで、記者クラブの「張り出し」で対応した。ほとんど気づかれないような扱いだった。だから地元の新聞も扱いは小さかった。その時に北京で世界女性会議が開かれていた。そこに沖縄から代表参加していた高里鈴代さんがいた。女性の権利を守る運動をしている人で、僕もとても尊敬している人ですが、その高里さんが事件を聞きつけて、すぐに帰国して記者会見した。それで大騒ぎになった。象徴的な事件だということで、ものすごい怒りが爆発した。ひどいことに日米地位協定を盾にして、犯人の海兵隊員の身柄も米軍が引き渡さなかった。事件があったのが9月で、10月21日にこの事件に抗議する県民大会が有りたくさんの人が集まった。僕らも取材に行ったが、本当に沖縄の人々が怒っていた。基地は全部出ていってほしい、と言っていた。沖縄から米軍基地は出て行け、と。ものすごい反米、反基地感情が、島ぐるみで広がった。
その後の展開が、今に至る辺野古の問題の出発点なのです。当時は橋本政権下で、「基地返還アクション・プログラム」というのを大田県政が掲げていた。吉元副知事が中心になって作成したこのプログラムの一番目が「普天間基地の無条件返還」。それを橋本内閣がつまみ食いして、反米感情と反基地感情を鎮めるために何とかならないかと米大使のモンデールと打ち合わせをした。その場でモンデールが米国防長官と電話をして、普天間返還が決まった。無条件返還です。怒りを鎮めるために普天間返還を打ち出したというのが、当時のシナリオ。普天間基地の周辺住民の負担軽減のために、なんていうのは嘘です。少女暴行事件で広がった反米感情、反基地感情を鎮めるための道具として、橋本内閣がピックアップして、自分たちの成果のように装っているのが、現在の普天間基地の問題の原点。僕らはそういうことを、取材を通じてわかっている。だから、何で今日のようなことになるのか理不尽さを人一倍感じている。
本土から沖縄に定期的に取材に行くというのは、そういうショッキングな事件の経験がないとなかなか続かない。そのあとも実は、沖縄国際大学にヘリが墜落したり、去年も女性がジョギング中に元海兵隊員に襲われて殺され死体を遺棄されている。そういう事件が続いている。にもかかわらず、沖縄の問題に対する本土メディアの関心は、どんどん低くなっている。「沖縄にはもともと米軍基地があるのだから、仕方がないじゃないか」、というように沖縄を特殊な場所として、自分たちの利害と関係のない場所として切り離していく。それはまさに差別意識だと思います。それが本土メディアの中にあって、「お前そんなこと言ったって、北朝鮮を見ろよ。中国の脅威があって、地政学的にも沖縄に基地があるのは仕方ないではないか。あの基地をもっと大きくしていくのが日本の安全保障上必要だ」そんな主張を僕の孫みたいな若い記者が言っている。本土メディアの人間たちに、沖縄が置かれている位置についての決定的な勉強不足があって、自分たちの立ち位置が、まるで防衛省の役人のような、まるで官邸の役人のような上から目線で、見下げる。そういう視線というのは、本土メディアの基調にある。

本土メディと地元メディアの立ち位置。沖縄のテレビ局の問題

よく言われるのは、本土メディアと地元メディアの立ち位置の違いとか、落差。散々言われすぎているが、僕はそんな単純なものではないと思っている。きょうのタイトル「本土メディアの沖縄報道を問う」などというのは、典型的なステレオタイプですよ。本土メディア=上から目線、地元メディア=地元のために貢献している。本土メディアはオカミの立ち位置。地元メディアは民の視線。沖縄のために頑張っている?違いますよ。そんな単純なものじゃない。確かに本土メディアの政治部とか、防衛省担当などの記者の立ち位置はひどい。まるで自分が役人のような報道しかしない。「また金平さん、沖縄やろうとしているよ。沖縄なんかやったら視聴率下がるよ。本土の人は興味ないのだから」そんなことを言う人だっています。ぶん殴りたくなります。殴らないですけどね。(笑い)そういう現実はあります。ただ、東京とか大阪で一生懸命やっている人もいます。沖縄のことをきちんと取材している人はいる。深く取材している人もいる。三上智恵さんという人がいます。琉球朝日放送QABの記者でした。沖縄に寄り添った記録映画を作っています。いま三作目の『標的の島―風かたか』を上映しています。僕から見ると後輩ですが、沖縄に移住してQABのキャスターをしていたのですが、彼女に対するQABの中のバッシングがすごかった。「お前らヤマトンチュに何がわかる」みたいなイジメに近い。頑張っていたけれど、あまりに酷い環境に耐え切れなくて、辞めました。いまフリーで活躍しています。ローカルテレビ局の中でヤマトンチュがいじめられる構造もあった。単純じゃあない。琉球新報、沖縄タイムスはよくやっていて、高江や辺野古の現場にも常駐している。地元のテレビ局は何をしているかと言うと、ほとんど取材に行かないですね。琉球朝日放送QAB、琉球放送RBC、沖縄テレビOTVという3つのローカルテレビ局がありますが、そこの社員はローカルの中のいわばエリートです。ローカルエリートは座り込みなどに行くような人たちではない。仲井眞前知事の娘が職場にいたりする。那覇の新都心の高層マンションに住んでいる社員だっている。マンション価格は買ったときが3500万だったのが今は4500万とどんどん価格が上がっています。実体のないバブルがある。農業も、地場産業も無くなって、一番儲かっているのは、基地建設のゼネコン。これは本土資本です。
本土と地元メディアの対立構造があるが、単純なものではない。もうひとつ言うと、NHK沖縄がダメです。NHKのひとりひとりの社員はいいですが、ただ組織になると違う。NHKは役人です。那覇にいる記者たちも、3年くらいで別のところに異動していく。ローカル局の人は、警察や役所に親戚がいたりして、非常に地縁血縁が濃い。NHKはサラリーマン。3年勤めて、次はどこに行こうかなって具合で、沖縄に対する愛は薄い。そうするとあまり深い報道はできない。もうひとつは東京の政治部のコントロールがひどい。NHK沖縄に良心的な記者がいて、何かやろうとすると東京の政治部からチェックが入る。内容はどんどん変えさせられていく。

外に開かれた運動、少数派として多数派に堂々と語りかける

僕は絶望するところからしか希望は生まれてこないと思っている。みなさんに言うと、みんな下を向いて「そうかなあ」と。(笑い)だけど長いスパンで考えてみると、そんな勝ち続けることなんて、あまりないです。しょうがない、ひどい政権を選んでいるのは私たちですから。僕なんか共謀罪でいい取材ができたと思っても、世の中の人って、僕たちが考えているよりも違う原理で生きている。例えば、これが大事だよねということを誰に話しますか?家に帰って、配偶者に話せますか?家族に「共謀罪はヤバイよね」とか話をしますか?(「話します」、の声)あっ、話しますか。(笑い)職場とか懇親会とか、サークルでもなんでもいいですが、「共謀罪やばいじゃないの」みたいな話を普通にできます?できないですよ。大体ですね、稀勢の里がどうだとか(笑い)、眞子さまの相手がどうだとか(笑い)、そういうものですよね。テレビ局では視聴率を気にしていると言います。数字が高いといい番組ですか?嘘です。みんなが見ないけれどもいい番組はいっぱいある。『報道特集』は17時半からですが、先週と今週は鬼門です。裏番組が大相撲です。(笑い)トリプル・スコアで負けてます。そんなにみなさん稀勢の里が好きですか。(笑い)眞子さま、僕は皇室にも「さま」をつけるのは好みませんが、眞子さまの婚約はNHKがスクープした。共謀罪が一番大事な時です。自分の局のことは言いたくないけれど、朝の番組で「眞子さまのお相手が職場に行った」とかで速報を出している。今のテレビはそうなっている。昔なら、「そんな報道はやめなさい」という人が職場にいっぱいいた。今は、編集長とかキャップとか、横並びで「眞子さまの婚約者であらせられる小室様が職場に・・・」バカみたいでしょ。(笑い)そういう人たちを相手に、共謀罪とか話題にしなくてはいかない。
エコー・チェインバー・エフェクトといって、閉じられた空間で、多分皆さんみたいに同じ思想的傾向を持った人たちのなかだけで話をして、「そうだ、そうだ」となる。閉じられた空間では多数派のような気になる。ところがこの会場の外では「眞子さま」とか「稀勢の里」。そういう人たちに、おかしいではないかと言えなければ負けます。だから安倍政権の支持率が60%になる。運動は外部に開いていかないと、ダメです。こういう集会とか講演会で心がけているのは、僕らは少数派であることを堂々と胸を張って言えなければダメということ。多数派から見て、あの人格好いい、まともじゃないか、魅力がある、そう言わせないと。日本の社会運動で良くないのは、悲壮感と格好悪い。だから若い人が来ない。ジョン・レノンとか、60年代70年代の激動期に動いていた人は、その時代の中で一番格好よかったじゃないですか。60年安保で岸信介が「声無き声」と言ったが、当時は声を上げていた人が本当に格好よかったですよね。これは沖縄の運動をする時にも大事なことではないか。「オール沖縄」がもっと魅力的になるやり方もあるのではないか。沖縄文化で、エイサーとか格好いいですよね。若い人にも伝承されている。沖縄の独特なローカル文化は格好いい。これは羨ましいし、簡単には消えない。
これから何を発信するか。これはダメだと思っている一番反動的な部分をどうするか。沖縄の問題に限らないが、御用記者、御用学者、御用文化人、御用メディア、こういう人たちを、どうやって痛い目に合わせるか。5月3日の読売新聞の安倍首相インタビューがありました。憲法記念日の朝刊一面トップにもってくる作り方、恥ずかしいですよね。「私の考え方は読売新聞を熟読して」などと総理から言われて、読売の記者だって恥ずかしいはず。御用記者が節を曲げて、いい思いをしたいばかりに提灯記事を書く。そういえば僕の後輩にもひとりいました。この間、準強姦罪で週刊誌のネタになりました。安倍に一番可愛がられていた。ぼくはかわいそうな人だと見ていましたが、類は友を呼ぶ。(笑い)
御用記者をあぶり出すと、下手すると返り血を浴びる。今週、おそらく加計学園問題で大きな進展があると思います。典型的な利益誘導で、まともな内閣ならいくつも吹っ飛ぶくらいな話です。韓国の方がよほどまし。民衆がデモをして政権を倒して、検察も機能している。それなのに韓国を見下している。本当にひどい話です。
ひとつだけビデオを見せましょう。全国ネットで中継車が高江に入ったのはこの時だけです。2016年8月、この時に安倍昭恵さんが高江に三宅洋平というシンガーと一緒に来た。この時の中継で申し上げたのは、傍観者が沖縄のいじめの構造を支えている。本土の無関心がそれを支えている、です。
アドリブで話しましたので、一部不適切な部分があったかもしれません。これで終わります。
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[会場からの質問に答えて]
Q メディアの現状について
A 日本のテレビ全体が劣化している。それは間違いない。ジャーナリズムの機能が弱っている。でもそれは自分にも跳ね返ってくる。お前は何をしているのか。文句を言うくらいなら、お手本になる取材をしてみろよ、というのが僕の考え方。眞子さま報道もひどいと思うが、ひとりひとり現場の能力が劣化している。それと同時に視聴者も劣化している。昔の人たちにはテレビはもっと大事なものだったのではないか。今の大学生は、新聞は読まないし、テレビも見ない。スマホで興味のあることだけ見る。でも公共的な知識とか、知らなくてはいけないことはあると僕は思う。自分の好きなことしか見ないというは、公共という意識が急速に劣化しているからだと思います。リベラルな新聞も、両論併記病にかかっている。あとから何か言われないようにここでものを言わなければ。いまは「戦争前夜」のような気がする。それが現実です。

Q 辺野古移設案が出てきた経について
A 移設先として辺野古案を出してきたのは、当時の防衛庁です。米政府が無条件返還を言い出した時には辺野古などなかった。防衛庁が辺野古にいてほしいということ。それから米軍内部の利権争い。空軍、海軍、陸軍の次に海兵隊という序列のようなものがあります。海兵隊の論理では沖縄は「戦利品」で、簡単には返さない。そんな論理が海兵隊の幹部にはある。海兵隊員と話すと、沖縄がいい。本土なんか嫌だ、と本気でいいます。


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