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zoom RSS 追悼の空間を切り裂く〈戦場〉〜訪沖レポート6/22-25

<<   作成日時 : 2016/07/10 11:44   >>

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 65000人が結集した県民大会の余韻の残る6/23「慰霊の日」前後の沖縄を訪問した。辺野古のゲート前行動に参加し、高江の座込み現場や女性の遺体発見現場を巡った。「慰霊の日」には「魂魄の塔」を訪れ、国際反戦集会に参加した。いたるところで、追悼の空間を切り裂く〈戦場〉の現実に遭遇した。日誌風に、いくつか書き留めておきたい。

6月22日(水)
 昼前に那覇空港到着。突き抜けるような青い空に白い雲、日差しが強く、くらくらする。レンタカーで辺野古に直行する。この時期としては20年ぶりの暑さ、とラジオのニュースが伝えている。2時過ぎに、辺野古の浜のテントに行き、スタッフに地域で集めたカンパを渡す。辺野古漁港の沖を見ると、リーフに白波が立っていた。コバルトブルーの海に浮かんでいるのが警備会社の船であることを教えてもらう。残業代未払いや社会保険未加入、個人情報の収集、船員法違反等々で告発されている会社だ。
 ゲート前テントに向かう。約50人で抗議行動展開中。午前中は伊波洋一さんがゲート前に来たようだ。夜は宜野座の知人宅に宿泊。キャンプハンセンとシュワブを結ぶ飛行訓練ルートの直下で、夜の8時から10時ころまで、10分間隔くらいで、米軍ヘリが猛スピードで上空を通過して爆音を撒き散らす。会話もテレビの音もかき消される。これで辺野古に新基地ができたら大変なことになると実感する。

6月23日(木)
 きょうは沖縄戦の死者を悼む「慰霊の日」。沖縄の人々にとって特別な日だ。午前中に那覇空港に到着する友人を出迎えてから、摩文仁の「魂魄の塔」に向かう。那覇市のHPで「魂魄の塔」について丁寧に解説している。
 「摩文仁や魂魄の塔がある米須を中心に、全国のすべての、都道府県の慰霊碑がある。 しかし唯一「沖縄県の碑」は存在しない。あえてあげるならば、この「魂魄」が 沖縄県の碑といえるかもしれない。住民、軍人、米軍韓国朝鮮人、沖縄戦で死んだ約3万5千人の人々が 軍民、人種を問わず葬られた、沖縄最大の塔である。これが戦後もっとも早く、 住民の手で作られ、平和への想いを込めた塔として、他府県の慰霊碑とは多少異質である。」(那覇市HPから)
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 この「魂魄の塔」脇の空間で、毎年、沖縄平和市民連絡会が中心になって国際反戦集会を開いている。数百人の市民が、木陰などに日差しを避けて腰掛け、舞台を見つめる。午前中は追悼式典に参加する安倍首相や閣僚を平和祈念公園入口で迎え、抗議行動を展開してきた市民も合流している。ことしの国際反戦集会は、シールズ琉球の若者コンビが司会を務めていた。その一人は名護の名桜大学生の玉城愛さんだ。6.19県民大会の余韻の残る雰囲気で、海勢頭豊さんの演奏、読谷の彫刻家の金城実さんの下駄踊り、高江のフラダンスも飛び出し、怒りと鎮魂、笑顔のあふれた集いが続いた。参議院議員の糸数慶子さんと元宜野湾市長・伊波洋一さん(参議院選沖縄選挙区候補)も挨拶した。糸数さんは、平和祈念公園の追悼式典で安倍のくだらないおしゃべりの後で、翁長知事の「日米地位協定の抜本的見直し」、「海兵隊の削減を含む米軍基地の整理縮小」を求める発言が大きな拍手で迎えられたことを報告。知事だけではない。県遺族連合会の宮城篤正会長も「新たな基地建設には遺族として断固反対する」と述べ、「われわれ遺族の戦争と基地に対する強い思いを心にとめ置いて国政にあたること」を安倍首相に求めたという。最後に、「参議院で一緒に闘うには洋一さんしかいない!」と伊波さんを紹介すると、会場は大きな拍手に包まれた。

6月24日(金)
 
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きょうも真夏の青空。朝、県道104号の元米兵に殺害された女性の遺体発見現場に行き、献花し、祈りを捧げた。献花台があり、たくさんの花が供えられていた。県道からちょっと脇に入った雑木林の中の道で、海兵隊基地・キャンプハンセンの裏に当たる。厳粛な追悼の空間を引き裂くように、基地内の実弾演習の乾いた音が響いていた。追悼の場にも静寂はない。これが沖縄の現実だ。
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 その後、許田の道の駅で弁当を購入して高江の座り込み現場へ。高江N1ゲートの座込みテントのスタッフにカンパを渡し、高江の現状を聞いた。ここ数日間オスプレイの激しい訓練が続いている。完成している2基のヘリパッドを使った午後10時以降の離発着訓練で、地元の小中学校児童が睡眠不足になり、学校を欠席する事態になっているという。防衛局は7月からの工事再開を狙ってゲート前のバリケードの撤去を求めて何回かテントに来ているが、住民の話では県道の管理権は県にあるため、防衛局が直接手を出せない。建設予定地につながるすべての入口を車で封鎖し監視中。7/1に北部訓練場正面ゲート前で大集会が予定されている。(200人が大結集したもよう!)
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 座込みテントを離れて共同売店前で食事をしていると、遠くから特有の重低音が響き始め、MV22オスプレイ1機が上空に現れ、高江の集落を旋回した。売店の前にいた住民の話では、ここ数日間、もっと低空で集落上空を夜間も飛び回っているという。
 高江の帰りに屋我地島の愛楽園に立ち寄る。常設のハンセン病の展示と企画展の森口豁映像写真展と金城実彫刻展を見学。愛楽園の中に入ったのは初めてで、常設展も企画展も見ごたえがあった。
 辺野古のゲート前に戻ると、三重の高校生が10人ほどきていて、生徒会長だという男子生徒がなかなかいい発言。「ここに来るまで何も知らなかったけれども、これから闘い続けたい。」

6月25日(土)
 
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 きょうは最終日、午前中のゲート前座り込みに参加。9時過ぎから新ゲート前で30人ほどで座り込んで集会をしていると、米軍車が来るたびに軍警備員が「道を開けろ」と出てくる。車両が通過できる幅は確保してあるが、米軍のメンツなのか、もっと開けろと執拗に迫って警告してくる。「車は通れるではないか。
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集会を妨害する気か」と抗議し粘っていると、県警機動隊20人ほどがゲート内のバスから降りてきて、座込みの半分ほどを排除し米軍車両を通過させる。機動隊が引き下がるとまた座込みをして集会を貫徹。10時すぎると中部、南部の島ぐるみ会議のバスや車が続々と到着し、テントで集会が続いた。
 うるま市から来ていた元裁判官の仲宗根勇さんが.17日の国地方係争委員会の結論について解説。「国交省の是正指示について判断せずに国と県に協議を促す」という内容は、裁判所の和解条項が想定していなかった事態で、県は提訴する義務がなくなった。安倍一派は罠を仕掛けたつもりだったが、墓穴を掘った。国が訴訟を起こすしか工事を進める道はなくなった。原告となる国に立証責任も生ずる。私は楽しくてしょうがない、と締めくくる。わかりやすい解説に大きな拍手。仲宗根さんの「解説」を聞くのは、3月の和解直後のゲート前集会以来2回目だ。テントでの集会参加者は200人くらいに膨れ上がる。
 午前通の行動終了後に大浦湾のわんさかパークで食事をして辺野古を後にした。

 この季節の沖縄は鮮やかな花があちこちで咲いている。
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 4日間という短い滞在だったが、65000人の県民大会などなかったかのように米軍の訓練が激しさを増していることが体感できた。高江のオスプレイの殺人的な訓練は2週間以上も続いている。高江の住民の会のブログをぜひご覧いただきたい。http://takae.ti-da.net/

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