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zoom RSS 3.17院内集会に290人

<<   作成日時 : 2015/03/20 23:04   >>

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 3月17日に参議院会館内で沖縄等米軍基地問題議員懇談会主催の院内集会が開かれた。会場はほぼ満杯の290人。「オール沖縄」の4人の衆議院議員とヘリ基地反対協の安次富浩共同代表の発言が特に印象に残ったので、その要旨を報告する。文責は全て筆者にある。午前中に沖縄防衛局長交渉に参加して、永田町の議員会館に駆けつけた。ヤマトの現状への厳しい指摘が続いたが、沖縄からの叱咤激励と受け止めた。
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 まず沖縄1区の赤嶺政賢議員。「県民の分断は許せない」と強調した。
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 先週沖縄に帰った時に、国道事務所の公務員労組から話があった。沖縄の国道事務所の職員全員が、辺野古の国道を管理する北部国道事務所の兼務辞令を受けている。毎日、辺野古の監視体制が組まれていて、数十分間隔で座り込みテントの様子を直接官邸に情報提供するような業務を押し付けられている。これはもう公務とはいえない。公務の手順でいけば、強制的にテントを撤去できないし、かなりの時間がかかる。きょうは自分の娘が辺野古の座り込みに行っている。当番を勘弁して欲しい。こんな仕事はできない。そう言うと、「今すぐ辞表を出せ」と言われる。そんな訴えがあった。国道事務所の労働者に圧力をかけて県民の闘いを分断しようとしている。絶対に負けられない。共に頑張りたい。

 次に2区の照屋寛徳議員がゆっくりと登壇。、「にじてぃ にじららん」独特のリズムの照屋節が冴えた。
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 今日の10時半から沖縄防衛局長に抗議要請し、喧嘩を売ってきた。ボーリング調査を直ちに止めよ。普天間基地は辺野古移設ではなくて、即時閉鎖返還をすべきだ。そう要請した。沖縄の先人たちが残した言葉に、「にじてぃ にじららん」というのがある。我慢しようにも我慢の限界を超えている。難しい言葉で言うと、受忍限度をはるかに超えている。だからウチナーとウチナーンチュは怒っている。辺野古に基地をつくらせないために、全国のみなさんが、ウチナーとウチナーンチュに、同情ではなくて、真に自立をする連帯を寄せていただきたい。一番悪いのは、もちろん日米両政府。その次に悪いのは、圧倒的に多くの国民の無関心。無関心は共犯だ。そのことを強く訴えたい。局長交渉の中で、軍の運用の話が出てきた。何かを言うと「軍の運用」を持ち出す。軍の運用とは、軍隊の論理。それに対抗する私たちの論理は、憲法前文の中にある。「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」そう書いてある。我らウチナーンチュが戦後70年闘ってきたのは、平和のうちに生存する権利を獲得するためだ。頑張りましょう。

 三番目に登壇したのは3区の玉城デニー議員。照屋議員と同様に「無関心が悪政の最大の根拠」と厳しく指摘。
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 無関心がこの国の政治を野放しにしている。ぜひそのことを周辺の方々に伝えていただきたい。無関心こそ悪政の最大の根拠だ。国会の先生方も、我々の発言の表面しかわからない。発言に込められた、70年間積み重なってきた沖縄県民の思いをわかろうともしない。わかろうとしない意図的な無知は犯罪に等しい。わからないことはわかるように努力をする。わかったことは広げて、わからない人に知らせる。それが議員の本来の役割だ。みなさんも、沖縄のことを、若い人たちにも、わかりやすく伝えてほしい。このような集会を、心から感謝したい。みなさんの思い、一言一言が多くの沖縄県民を勇気づける。これからも一緒に頑張ろう。

 議員の最後は4区の仲里利信議員。「沖縄の国道事務所職員を監視する本省職員が派遣されている」と暴露。
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 本日、「辺野古座り込み行動に対する政府の過剰・異常な監視に関する質問主意書」を提出し、12項目にわたって政府見解を求めている。国道事務所の職員に市民の座り込みを監視させ、その監視する職員を監視するためのリエゾンと言われる本省職員が6名派遣されている。このリエゾンが、30分ごとに本省に連絡通報している。何のために、沖縄の人たちを監視するのか。今日の防衛局交渉でも、「沖縄に民主主義があるか。イエス、ノーで答えろ」という質問に、井上局長は答えることができなかった。沖縄振興予算もまやかし。県民だましがまかり通っている。みなさんもふるさと納税で翁長県政を支えていただき、また辺野古に来て、県民を力づけていただきたい。

 そしてヘリ基地反対協共同代表の安次富浩さん。「沖縄の未来は私たちがつくる!」と何度も強調した。「沖縄を信用しないので監視する。これは植民地主義だ!」怒りのこもった熱弁に、共感の拍手が何回も沸いた。
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 「オール沖縄」の議員のみなさんが沖縄防衛局交渉をしていただいて、辺野古の基地建設をやめろ。ボーリング調査をやめろと、直談判をしてくれた。私も一緒に参加した。きょうの局長交渉で、私はタンカを切ってきた。もう沖縄には米軍基地も自衛隊基地もいらない。こんなに民意を否定するような国ならば、私たちはもう我慢できない。そう井上局長に宣言してきた。
 昨年の11月に、10万票差で「オール沖縄」の県知事が誕生した。埋め立て承認した仲井真を知事の椅子から引きずり下ろした。12月の衆議院選挙も「オール沖縄」の圧倒的な力で勝ち抜いた。にもかかわらず、安倍政権は沖縄の民意を省みることなく、そして翁長知事が知事選挙の結果を踏まえて安倍首相に面会を求めても会おうとしなかった。選挙前は、沖縄県民の心に寄り添う、とか、様々な美辞麗句があった。実際に自分たちの思いがかなわなかったら、袖にする。このわかりやすい政治のあり方は、ファシズムに近い。予算も含めて知事は何度も政府に沖縄の思いを伝えようと努力しているが、二三日前の防衛大臣の発言を見ると、「会う必要がない」とまで言い切っている。これは沖縄差別以外の何でもない。こういう状況を許してはいけない。そういう沖縄県民のものすごい怒りが充満している。海でも陸でも、安倍首相の恫喝によって、海上保安庁長官や沖縄県警本部長、沖縄総合事務局の局長らが直接官邸に呼び出されて、弾圧体制がつくられている。暴力的な弾圧が日常茶飯事だ。幸いうまく暴力をかわしているから、打撲で済んでいるが、海保が小さなボートに頑強な船をぶつけてくる。考えられない。口では「海の安全」。陸でも、平和運動センターの山城議長が、軍の警備員に引きずり倒され、足を引っ張られて、動物みたいな扱いで基地の中に連れ込まれた。これは逮捕ではなく、拉致だ。その日は2月22日、県民集会の当日だ。これは米軍の沖縄に対する挑戦だ。海兵隊司令官の大将は、「サッカーのペナルティキックをもらうためのようで、茶番。転び方がうまい」こんなことを言ってのける。日米両国から、ものすごい圧力でもって、辺野古新基地建設反対の動きを潰しにかかっているのを感じる。
 私たちは、そのような攻撃に、徹底的な非暴力の闘いで挑んでいる。いま、島ぐるみ会議のみなさんが、那覇を中心に、毎日辺野古行きのバスを運行して、座り込みに来ている。沖縄市、宜野湾市、読谷村、名護市と広がり、南部からも来ようとしている。文字通り、沖縄の民衆の怒りは、ただ単に辺野古での闘いではなくて、沖縄全体の闘いになってきている。
 これは日本政府と沖縄の闘いだ。私たちは、もう二度と、沖縄戦のような悲劇を繰り返したくない。安倍政権が今やろうとしていることは、沖縄を再び戦場にするために、与那国島に自衛隊を配備する。宮古島にも自衛隊配備の計画を持っている。つい先日明らかになったのは、辺野古の新基地を自衛隊が共同使用する。これはどういうことか。何年か先に、沖縄の米海兵隊がどこかに移駐しても、そのあとに、自衛隊が入り込んでくる。日本版の海兵隊作りがあのキャンプシュワブで始まるのではないか。そんな恐れを抱いている。4万トンのボノムリシャールという巨大な強襲揚陸艦が接岸できる埠頭も整備しようとしている。オスプレイも搭載できる。飛行場だけでなく、大浦湾を軍港にしようとしている。キャンプシュワブの隣には辺野古弾薬庫もある。辺野古の山で、毎日実弾訓練をやっている。たえず補給している。中部の天願桟橋から車両で運んでいる。座り込みしている目の前を通っている。埠頭ができれば、弾薬輸送船が停泊できる。そこでおろして素早く弾薬庫に貯蔵できる。米軍にとってこんな便利なことはない。しかも米国が金を出すのではない。沖縄の負担軽減という名のもとで、日本の税金が使われる。こういう事実が、在京の新聞には報道されない。
 日本の戦後民主主義は、制度的に厳しくなっている。お任せ民主主義の時代はやめよう。私たちが立ち上がらないと、沖縄のように立ち上がらないと、この国を民主化することは、この国を変えていくことはできない。国会議員の働きも必要だ。それをバックアップするのは、主権者たる私たちの闘いしかない。そのことを、沖縄の闘いは示している。沖縄の闘いを全国に広げてほしい。
 私たちは、様々な形の日本政府からの弾圧に対抗しながら、非暴力の闘いを全県的に広げ、日本だけではなく、米国や国連に訴えていくことも考えている。そうしない限り、この闘いは勝利できない。なぜ沖縄だけが平和的生存権を確保できないのか。今の流れは、自衛隊がどんどん沖縄に来て、米軍専用施設を数字的に減らそうというこ息なことを考えている。それでは沖縄の現状は何も変わらない。
 私たちは、辺野古の新基地はノー!普天間基地は即時閉鎖、これは沖縄の当たり前の声だ。
 1972年を思い出す。あの時の闘いは、沖縄の米軍基地の無条件全面返還だった。しかし、ノーベル平和賞をもらった佐藤栄作はどうしたか。「核抜き本土並み返還」と言った。結果的には、復帰前と変わらない米軍による事件事故の被害を受けている。そういう状況から脱却して、沖縄の将来は、ここに住む私たちの自発的な発想で、つくっていく。これが自己決定権だ。永田町、霞ヶ関の住人たちに沖縄の将来を委ねるつもりはない。私たちがつくっていく。翁長知事を中心につくっていく。それが「オール沖縄」だ。「オール沖縄」の真髄は、イデオロギーより沖縄のアイデンティティ。沖縄の将来をどうつくり上げるか。ウチナンチューとして沖縄の将来をどう作っていくのか。その問題意識が、沖縄で全体化しつつある。このことをぜひ理解していただきたい。
 国道事務所の職員が座り込みテントの監視活動を余儀なくされている。24時間の監視体制を労働組合として問題提起して交渉もしている。その国道事務所職員を監視するために国交省から職員が来る。これは植民地主義ではないのか。日本政府は沖縄県民をはなから信用していない。こんな植民地主義的な沖縄差別政策は、絶対にはねのけていく。私たちの未来は私たちのものであって、日本政府、官僚どものものではない。自公政権のものではない。
 先日、オスプレイの部品落下事故があった。公表されたのは四日後だ。これが沖縄の現実だ。防衛局は、「遺憾だ」と米軍に言っておしまい。こんなことがずっと続いている。もううんざりだ。何度も繰り返すが、沖縄の未来は私たちでつくりたい。その未来づくりに、ぜひみなさんも参加していただきたい。同時に、みなさんで日本の未来をつくろう。この国を変えようではないか
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